2011年10月10日

仕向ける神様 〜その1〜

原理講論を読んでいると、神様ってそんなことするの?って思うところがあります。それは以下の部分。

「神はアダムの二人の子を各々善悪二つの表自体として分立されたのち、彼らに、神かサタンかのどちらか一方だけが各々相対することのできる、すなわち、一人の主人とのみ相対する、原理的な立場に立ててから、各自供え物を捧げるように仕向けられたのである」(原理講論291項)

要するに、神様は、一人を神様が対する子(弟のアベル)、もう一人はサタンが対する子(兄のカイン)という立場に決定してから、供え物を捧げるように命じられたってこと。

それは、どんなに心を込めて一生懸命捧げても、神様は兄カインの供え物は最初から受け取らないつもりで(!?)「供え物を捧げるよう仕向けた」ってことになるのでは?

つまりは聖書の創世記4章5節「しかしカインとその供え物は顧みられなかったので、カインは大いに憤って、顔を伏せた」にあるように、カインが憤るように「仕向けた」のだという結論になるのではないでしょうか?

神様は意図的にカインが憤るようにしたということには、大きな意味があったのです。続きは次回!!
統一原理っておもしろい!!
posted by NORIさん at 13:52| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 統一原理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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